私が帯同を決めた理由
久しぶりの投稿になってしまった…こんばんは。ランキング良かったらポチッとお願いします。
横浜ーアメリカ間の遠距離を2年経て、遂に11月にルンルンと入籍することになりました。
あと1年以上も遠距離が続きそうなので、この機会に思い切って帯同を決心しました。
しかし、この決心は簡単にできなかったです。そもそもルンルンは私の好きなようにしていいと常々言ってくれていました。ありがたや。仕事続けるのもヨシ、辞めて帯同するもヨシ、仕事減らしてたまに長期的に遊びに来るもヨシ…なので1年以上も悩みました。ルンルンと付き合うまでは海外も行ったことがなく、英語もハローセンキューくらいしか分からない。アメリカという未知の恐怖も大きかったです。なので最初はずっと日本で待っていようと思いました。生徒さんもいい人達ばかりで仕事も楽しかったですし、演奏することも大好きだったからです。ところが、ルンルンの赴任が当初の予定から半年伸び…1年伸び…と雲行きが怪しくなってきます。遠距離が1年過ぎようとした頃から「あれ?アメリカ行った方がいいんじゃね?」と真剣に考えるようになりました。
行こうと決心したキッカケは3つあります。
1つ目は、去年の年末に初海外旅行に連れて行ってもらったこと。
初海外旅行にはめちゃくちゃハードルが高い「WDW」を選んでしまった私。ルンルンはアメリカにいるのでオーランドには1人で行かなくてはいけません。しかもオーランドは直通便がないので、どこかしらで乗り継ぎをしなくてはいけません。入国審査も英語です。
これ、めっちゃ気が重かった…
「英語喋れないのに何かあったらどうしよう」
「乗り継ぎ失敗したらどうしよう」
「盗難にあったらどうしよう」
etc...etc...
もともと心配性な私は眠れなくなるほど悩みました。でも大好きなディズニー…しかも本場…頑張っていくしかない!男に二言はない!(女です)と決意。ネットで色々調べまくりながら年末年始行ってきました。
もう本当楽しかった。
もちろん時差ボケはツライし食べ物油っぽ過ぎて胃痛ひどいし嫌なこともありました。しかし、そんなもの吹っ飛ぶくらい楽しかったです。
まず、色んな人がいる、の「色んな」の幅が広がりました。自分の世界がいかに狭く凝り固まっていたんだろうと痛感しました。私はいつもどこかで人の目を気にしていたのですが、アメリカ人は良くも悪くも『そんなの知ったこっちゃねえ!』と豪快。とても新鮮でした。また、知らない人が笑顔で挨拶するのも驚きました。日本だったら100%白い目で見られるような場面も、みんな笑ってくれて乗り越えられます。もちろん危険なこともありますが、今まで日本人の中で生活してきた私の常識はぶっ壊されました。いい意味でも悪い意味でも(笑)
また、音楽も本場は全然違いました。これは語ると長くなるので割愛しますが、演奏技術云々じゃない部分が大変勉強になりました。
長期滞在したら私の世界がもっと変化していくに決まってる!そう確信しました。
2つ目は、ジャズの勉強を真剣にやりたくなったこと。
アカデミーを受講させていただけたことも大きいですが、違うジャンルの本場で生演奏が聴ける!ジャズに必要な英語を強制的に勉強することになる!と閃きました。
今の仕事は楽しいしやりがいもあるけど、やっぱり一番はずっと楽器を演奏していたい。上手になりたい。アドリブができるようになりたい。そうしたら、これはものすごいチャンスなのでは…?!と思ったことが2つ目のキッカケです。
3つ目は、ルンルンと少しでも一緒にいる時間を作ろうと思ったこと。
3~4ヶ月に1度2週間日本に帰ってきてくれるのですが、アメリカに戻る直前の夜はいつも号泣。朝駅にお見送りするのも号泣。しばらく経つと大丈夫になるけど、ルンルンが帰ってきたらまたそれの繰り返し…これをあと1年以上も続けるのか?と自問した時「嫌だ」と即答した自分がいました。なんとかこの状況を改善したい、解決策はルンルンか私が退職or転職しかない、と考えた時に、上2つの理由+「今の仕事を10年先も続けたくはない」と考えたので、私が退職して帯同することにしました。生徒1人から5年で50人になったので、惜しくないと言えば嘘になります。私が大きく成長するキッカケになった会社にもとても感謝しています。しかし、10年先…40歳目前になってもやっていたい仕事ではないな、と感じました。
以上の理由から、私は帯同を決心しました。ルンルンに「行きっぱなしじゃなく、自費でなら何回でも帰ってこれる」と後押ししてもらったのも大きいと思います。
さて、これから準備編に突入していきます!
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